2016/02/01

8年かるた

娘9歳が滋賀県五色百人一首大会黄色の部門で優勝しました。
今まで一度も予選突破さえ出来ませんでしたが、
6回目の挑戦で初の突破、あまつさえ初優勝という快挙。
これだけはどうしても、今までのことを書き残しておきたい。

思えば2歳の頃、よく喋り、いろんな言葉を真似るので、折角だからなにか暗記させようと思い、
役に立ちそうな百人一首を選んだのが始まりでした。
毎晩寝る前、絵本の代わりに何首か読み聞かせていたら、ひとつふたつと口真似で覚えていき、
20首くらいは口真似で言えるようになりました。
その時の録音をYoutubeに上げておいて本当に良かった。感無量。
https://www.youtube.com/watch?v=o_EqtM5gTX0

4歳で一応かるたが出来るようになったので、何か参加できないかと探して見つけたのが
五色百人一首。練習会に参加させ、一応の記念にと大会にも参加させたら予選で2勝1敗。
幼保未入園で参加したのは今でも娘だけのはずです。

その後も、色んな色で練習をつづけました。
サランラップに歌を書いて風呂の壁に貼り付け、一緒に覚えたり。
幼稚園に入ってからは、登園時間の歩く間に札を読んだり。
読み手が居なかったので自分で読んで録音したり。

小学校に入学後は、競技かるたの大津あきのた会にも入会しましたが、
かるたの成績は振るわず、五色の大会も予選落ちが続きました。

競技かるたの方においても、同年代でもはるかに強い子が沢山いるし、
何より親が自分である以上、才能や結果を求めるのは酷だと知っていました。

それでも続けたかったのは、一つにはかるたが「娘にさせること」ではなく
「娘といっしょにできること」だったからです。
4歳の頃はそれとなく負けたりしていたのが、年を追うごとに早くなり、
遂には本気でないと勝てなくなるまで成長する課程を身をもって体験できるのが、
何より楽しくありました。

もう一つは、普段の生活とは別に、かるたの世界での友達ができるからです。
かるたの世界は狭いので、そこはそこで別の友達ができます。
ちなみに、初めて大津あきのた会の練習会に娘が参加した時、指導してくれたのは、
今年の競技かるたクイーン戦挑戦者の方でした。

しかし、やはり同じクラスどころか、同じ学校内にさえ、かるた友達が居ないのは、
少々寂しくもありました。かるたの聖地とされる近江神宮のある同じ滋賀県で、
児童数約千人も居る学校なのに、あまりにもったいない感じもありました。

そこで、個人で自治会館の一室を借り、競技かるたの練習会を開くことにしました。
数名が参加してくれました。
9月に入り、月一で五色の練習会に切り替えてからは、普段の遊び友達が二人、
毎回来てくれました。
そこで、一緒に大会に参加してくれるようお願いしたら、保護者の方の了解も得て、
今回はじめて、同じ学校から3人が参加となりました。
この友達の存在も大きくありました。
毎年予選落ちが続く中、周りにかるた友達もおらず、モチベーションは少なからず下がっていたはず。
けれど友達が一緒に練習してくれたことで、家での練習も、今までとは違う意気込みが見られました。
そして大会では、二人の友達は残念ながら予選突破はなりませんでしたが、
そのまま残って、最後まで応援してくれました。
どれだけ心強かったか分かりません。

今までの大会、あと少しで予選突破ならず、戻ってきた時に悔しくて泣いたのも何度も見ました。
家で練習した時、思い通りの取りが出来ずに泣いたのも何度も見ました。
それが今回、ようやく実を結びました。
天賦の才能は与えられてないし、大した物も買ってやれん。
けど長く長く積み重ねて、ようやく実のついたすばらしい努力を持たせてやれた。
正直、家で自分から練習したいと言い出してくれた時点でもう満足でした。
「何もかもが輝いて見える」とはこういう瞬間か。
7年間、少しずつ続けてきたことが。

今年一緒に来てくれた友達のためにも、また続けたい。
そして学校にも、競技でも五色でもいいから、百人一首かるたの波を起こしたい。
今年からはお父さんも、競技かるたの取りを始めるよ。
息子(弟)も少しずつ覚えてきてるよね。
これからもいっしょにがんばろうね、めいちゃん。