次は行政書士。意欲とかそういうのではなく、取れないと家業が継げないのです。
取れてもどこまで継げるかどうかわからんが。
くやしさ。
1月末、五色百人一首大会に娘5歳は出場した。
幼稚園年中組は一人だけでの最年少。昨年も出たけど、今から思えば無茶したもんだ。
しかし、結果だけ見ると、昨年より良くなかった。
昨年は3戦2勝1敗で予選落ちだったが、今年は2戦全敗。
ただし、今年の相手は3年生と2年生の男の子で、かなり強かったと思う。
そしてその二人相手に、手も足もでなかったわけではなく、
2年生相手に17枚中7枚、3年生相手に同5枚という成績。
3年生なんて、言ってみれば5歳から見てほぼ倍の年齢だ。
体格も雰囲気も、大人相手ほどではないにしても、まるで違う。
予選が終わって、娘は自分のところに、無表情で戻ってきた。
そして、肩に顔をうずめて、しばらく泣いた。
悔しかった。
普通に考えたら笑うしかないような年齢差相手に、それでも悔しかった。
なぜなら、1年間練習してきたから。
春から夏にかけては、幼稚園への登園時間中、歩きながら札を覚えた。
家では札を全部裏返しにして記憶力を試したり、やり方を色々工夫して、練習を続けた。
風呂場には試合で使う20枚の札での決まり字を壁に貼って覚えた。
年明け頃だったか、私宛に「かるたたいかいで かつね」と手紙で約束までしてくれた。
積み重ねたものが、それだけあった。
だからこそ、年齢差とか条件にかかわらず、負けた悔しさは相当なものだっただろう。
自分がそういう悔しさを知ったのは、いつ頃だっただろう。
中学の頃を思い出してみる。
陸上部で、短距離走で、決して勝てない友達がいた。
最後の運動会で競争相手になり、やっぱり負けた。
でもあの時の気持ちは、悔しさとは少し違った。どこか清々しかった。
もうこれで終わりだという、諦念めいたものが混じっていたからだろうか。
結局、自分の記憶に一番残っている悔しさは、昨年の調査士試験に落ちた時のことだ。
よく思い出したらまだ有るのかもしれないが、でも思い出せないということは、
あってもそれほど大した気持ちではなかったのだろう。
悔しさをバネに、とよく言われる。
娘はそのバネをたった5歳で手に入れた。
これはどこまで弾むのだろう。
それを見届けさせてもらいたい。