店で商品を買うときに支払うお金は、商品の価値に対して支払われる。
では、ある仕事に対する報酬は、その仕事の何に対して支払われているのか。
仕事のとある研修会で、講師となった先生がこのようにおっしゃった。
「みなさんが受け取る報酬は、みなさんの資格に支払われるわけではありません。
測量機器を使ったとか、書類を作ったとかの技能に支払われるわけでもありません。
報酬は、信頼に対して支払われるのです」
なるほどそうなのかと思った。
表示に関する登記の代理申請は、法で定められた、調査士資格者の独占業務である。
土地家屋調査士でないものが、継続的に、他人の登記申請を代理して報酬を受け取ることは、法に対する違反の罪に問われる。
しかし、だからといって、調査士は、法にあぐらをかいて報酬をもらうわけではない。
法とて絶対ではなく、そのような姿勢で保たれる程度の品位しか調査士にないのなら、いずれ法は見直されて、地面にあぐらをかくしかなくなるであろう。
技能だって、測量機械なら測量士のほうが専門性は高いし、書類作成なら一般企業の社員のほうが上手だったりもする。内容や様式も、システム化が進めば素人の入力でも自動変換され、それで間に合ってしまう部分は多い。
結局は、信頼なのだと。
地位や個々の技術に価値が生まれるのではなく、それらを総合的に駆使した上での法的判断や業務処理、その結果作成される登記内容と成果物、それらへの信頼なのだと。
結果的に登記される内容が「木造かわらぶき2階建」に変わりなくても、「たしかにそうである」という信頼、「そうである根拠」として共に提出される調査報告書などの資料、その資料作成に至る経緯としての調査と判断。そういう信頼に価値が生まれ、報酬は支払われると。
確かにそうだし、そうであるべきだとも、思った。
でも、と思った。
それで全てが語り尽くされたのか、とも思った。
この結論に、どこか納得しきれていない自分がいる。
なぜか。
ここまでの説明そのままだと、資格はともかく、「信頼なしには技術の価値は語れない」という、信頼が主で技術が従であるかのように語られている。
本当にそうなのか。
逆に「技能なしに信頼の価値は語れない」とは言えないのだろうか。
そして、大げさと言われたらそうなのかもしれないが、現代の社会問題である「ブラック企業」が生まれる原因も、この観点の欠落から来るという理由で少しは語れるのではないのだろうか。
信頼が技能に優越すると、技能の検証を置き去りにして、「信頼のようなもの」が暴走し始める。すなわちブランド性だ。
近頃、それを象徴するような事件が立て続けに世間を賑わした。
一つは、作曲家のゴーストライター事件。作曲家の持つ生い立ちや障害から形成された「イメージ」があまりにも価値を生み出しすぎて、日夜繰り返される報道は、曲そのものはどうなのかという検証にはもう戻れそうにない。
もう一つの、革命的とされた科学論文に関する取り下げの事件も、内容の検証を待つことはできず、いや、当初から話題は「発表者のイメージ」そしていまは「それも虚像だった?」に集中している。
つまりいずれも、「膨らみすぎた信頼のイメージと、それが壊れた衝撃」を中心にして話題が繰り返され、いろんな事はリセットして曲を聞き直そうとか、とりあえず実験の再検証を待とうとかいう話にはならないのである。
実際、 曲の場合ならばニセの作曲者は「最初から居なかった」こととして忘れ去り、改めて曲を楽しもうという姿勢が、もし大多数の人間で可能ならば、そのほうがニセの作曲者に対しても効果があるはずなのである。
けれど今なお騒いでいる人たちは今まで聴いてたその曲を、作曲者のエピソード無しにはもう聴けない。曲そのものの技能よりも、それにまつわる信頼とイメージのほうが大事だから、静かに耳を傾ける日に戻れない。その日も虚像に耳を傾けていたのだから。
信頼と技能。
どちらを重要視すべきかという話ではない。
バランスが大事なはず、というより、金銭的価値に対しては相互に依存する関係ではなかったか、という話である。
なのに、「(技術がなくても)信頼が大事」というスローガンで大きく傾いてしまったそのバランスこそが、大きく膨れては壊れる信頼に翻弄される社会を形成しているのではないか、という話である。
技術がなければ信頼など得られなかったはずである。
たとえば、かつて技能で信頼を得たが、IT化の波に乗れず、信頼だけを盾に取って社員を動かす管理者のそれは、もはや虚像なのである。
人の心は不安定である。だから信頼至上主義を経済に組み込んでも不安定しかもたらさない。
バブルが弾けてからもう日本はずいぶん経つが、未だにあの時、信頼がもたらした爆発力が忘れられず、今も一発逆転を夢見て、多くの人間が虚像だけで勝負に挑んでいるのかもしれない。だからこそ、他人の虚像を大きく笑いたいのかもしれない。
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